2015年07月01日

田辺保『パスカル 痛みとともに生きる』

パスカル―痛みとともに生きる (平凡社新書)




・「弟(パスカル;引用者註)は時々、18歳の時から自分は一日も苦痛なしに過ごした日はないと、わたしたちに洩らしたことがあります」(姉の伝記から)。

 徴候は早くからあらわれていたと考えられます。姉の伝記には、20歳を過ぎてから、衰弱はいよいよひどくなり、飲み物などもあたためてから、しかも一滴ずつ垂らしこむようにしないとのどを通らぬありさまだったとの記述が出てきます。そのほかにも、ひどい頭痛や、はげしい内臓の熱や、その他にも多くの病いを持っていたともつけ加えられています。どうやら主として、消化器系統の疾患があったらしいとみられています。この病気は、姉の伝えるかれ自身の告白からもうかがわれるように、(時として、小康状態にまで回復することはあっても)終生、かれを苦しめぬいたものでした。別に、脚部が「大理石のように」尋常に冷えて動かなくなり、松葉杖を使わねばならない時もあったとも伝えられています。(中略)

 「パスカルと病気」は中心テーマです。姉の伝記によると、ブレーズはいつも、「これまで病弱のために学問研究から遠ざからねばならなかったのは、本当に苦痛だった」と言っていたそうです。また、小品「病いの善用を神に願う祈り」の中にも、こんな文章が出てきます。

 「あなた(この祈りが呼びかけられている「神」をさす)は、『あなたがた、いま泣いている人たちはさいわいだ。しかし、あなたがた、慰めを受けている人たちはわざわいだ』と言われます。ところが、わたしは、『呻き苦しんでいる者はわざわいだ。慰めを受けている者はなんとさいわいだろう』と申します。また、『ゆたかな財産、かがやかしい名誉、たくましい健康をうけたのしんでいる人たちは、さいわいだ』とも申します。」

 ここに、パスカルというひとりの人間の隠し立てのない本音が出ています。かれもまた、自分に−−自分だけに、不当にも病苦が与えられていることを、まずは恨まずにはいられなかったのです。それは、右の引用に明らかなように、この世での楽しみごとを存分に味わうことをあらかじめシャット・アウトされてしまったからです。人が年若く、さまざまな可能性を未来に期待できる時期に、そして、自分のまわりでは、健康にかがやく人びとが能力を十分に発揮して、事業にうちこみ、娯楽に興じ、さもしあわせそうに日々を生き暮らしているというのに、自分は自分の肉体さえ自由にならず、その上にえたいの知れぬ苦痛に責めさいなわれていなくてはならぬからです。人は、反抗します。ううと呻きます。苦しみのあまり叫びわめき、周囲にあたり散らし、わき上ってくる当然の怒りを、自分にとりついた「病い」にぶつけます。おそらくは、床にころがり、身をよじて、苦しみのあまりに暴れまわり、思わず涙を流すこともあったかもしれません。パスカルの後半生の大半、20年余りをこうして苦しめ、さいなみつづけた病いは、そこまで尋常のものではなかったと想像されます。まわりで自分と同じに苦しんでいない人に接した時、「人を傷つけるような言葉を口にするという誘惑に負けてしまった」こともあったかもしれません。(中略)

 ひとりの人間ブレーズ・パスカルの生成と経験とは、病いに対する訓練に他ならなかったと断じられます。長い間苦しんだあげく、「病い」が、どう身もだえしても取り去られず、日常性そのものと化してしまうとき、このまま果てしなくつづくと見えてくるとき、…その刹那、ふと、ぽかりと青白い空白部分が生じてきます。何かしら、この不条理を不条理のままに、受け入れなくてはならない−−それは、おそろしいことに違いありませんが−−そんな思いがよぎる一瞬がくるはずです。(中略)「病い」がなんらか本質的なもの、取り去られぬものとして、もともとこの世界に、この不条理そのものの世界に内在すると感じられてくるふうなのです。いや、この世界そのものが根源的に「病んでいた」ことがはっきりとわかってくる瞬間があったと思えるのです。」(pp. 51-55)


・「サン=シランは、当時、なんども半を重ね、多くの人々に愛読された「書簡集」の中で、「目に見える病いや衰弱とは違った、もっとひどい病いや衰弱」のあることを教えています(「書簡」71)。それは、人間がいつ、いかなる場所にいようと、どんな身分の者であろうと、ついに取り去られることのない、根源的な「病い」のことです。

 この世にある人間はすべて、この「病い」にかかっていて、福音書に示されている通り、死に至るまでついに癒されることはないとされています。早くから肉体の病いに苦しみ、この頃にはひときわ、その徴候が深刻化していたパスカルにとって、これは「ある啓示」とはならなかったでしょうか。「人間はすべて、病む者」。病いは肉体のそれにとどまらず、マイナス面、否定的な面を確かに宿すこの世における人間存在そのものの不条理とつながるとの深い直感を与えられたといえます。」(pp. 63-64)





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タグ:思想・哲学
posted by R_Partner at 11:23| Comment(0) | 平凡社新書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする