2015年02月05日

仲正昌樹『「不自由」論−−「何でも自己決定」の限界』ちくま新書

「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)




教育社会学者の苅谷剛彦氏(1955- )は、「生きる力」を重視する「新しい学力」観のもとで「教育目標」と「学習活動」の結び付きが曖昧になり、これまで以上に「教えない教師」が増えてきたことを指摘している。「教師」が「教えない」というのは、明らかに撞着語法であるが、苅谷氏に言わせれば、可能な限り「生徒の自主的学習活動に任せること」が教師の“役割”であると自覚し、積極的に「教える」ということをためらってしまう教師が増えてきたというのである。そうした人たちは、教師が「教育」を主導するのは、「子どもの自主性」と反すると考えているので、子どもたちに明確にな目標を与えず、「自由放任」にしてしまう傾向がある。苅谷氏は、そうした極端な自主性尊重論者は、決められた「知識」を伝達することだけが教師の役割だという態度の人と実は同類で、いずれも「教える」ことが分かっていないとしている。
 苅谷氏の議論を筆者なりにパラフレーズすれば、以下のようになる。「教える」という営みは、「教室」という特定の状況(文脈)を人為的に創出し、その中で設定された(練習)問題を「解決」するよう、生徒を誘導することである。それは、外の社会での「問題解決」の基礎になる一定の「型」を身に付けさせ、それを通して様々な側面から「主体化」していくということである−−「主体それ自体」を形成するということではない。
 「教える」というのは、そうした誘導的・「教養」的な性質を必然的に持っているので、「教える」側は、そうした状況を自分なりに可能な限りうまり設定し、最低限、なぜそのように設定したのか説明できるようにしておく必要がある。教室という空間さえ設定しておけば、あとは生徒たちの内在的な発達能力(自生的な主体性)によって“自然と”学習がなされていくという発想では、「教える」ことに不可避的に伴う、教師の側からの「主体化」への働きかけという側面が曖昧になりがちである。(pp. 161-162)


どれだけ徹底したリバタリアンでも、自分で選んだわけではない共同体的文脈の中で、「(共同体内の)他者」と相互に制約し合いながら、生きていかざるを得ないわけである。(中略)「共同体主義」を拒否することは可能でも、共同体的な諸文脈を全面的に拒否することはできないのである。社会的アイデンティティーがある限り、人は何らかの形で−−自分で意識していると否とにかかわらず−−共同体的拘束を受けているのである。」(pp. 181-182)


「イマジナリーな領域」というのは(中略)簡単に言えば、「他者」たちとの相互関係の中で、「他者」たちを鏡としながら「自己」が形成されていく領域である。」(p. 183)

ドゥルシラ・コーネル『イマジナリーな領域−−中絶、ポルノグラフィ、セクシュアル・ハラスメント』(御茶の水書房、2006年)


つまるところ、リベラリズムやリバタリアニズムにおいても、「自己決定」に先立つ“自己”の選択の問題は、結果的に、既存の共同体的文脈に委ねられることになる。どういう「自己」を選ぶかは、当人と、当人を取り巻く様々な共同体的文脈との関係性の中で、“自然と”決まっていくのを待つしかないのである。しかし、そうなると、「自己」の在り方について相当な違和感を感じても、(イマジナリーな領域を共に共生している)「他者」の助けがないので、現状を受け入れざるを得なくなるケースが圧倒的に多くなるのは明らかである。
 このように、これまで放置されてきた「自己」決定の問題に対して、何らかの形で「社会」が関与しようとする場合、「イマジナリーな領域への権利」という準・法的概念が必要になってくるわけである。(pp. 186-187)


「イマジナリーな領域への権利」は、「自己決定権」を行使する能力を獲得するための(メタ)権利として理解することができる。つまり、「決定」する主体としての「自己」を“自分”で「決定」することのできる「権利」である。(中略)自分一人だけではどうすることもできない「イマジナリーな領域」をもう一度作り直し、「自己」を「再想像」していく作業を、周囲の他者たちから助けてもらう権利と考えれば、分かりやすくなるだろう。どうしても「自己」(のアイデンティティー)を決定する必要がある場合、(中略)「決定」までにある程度の時間的余裕が与えられて、グループ活動や周囲の人々との対話、イメージ・トレーニングなどによって、「自己」を新たに作り出す機会が提供される権利ということである。ケースによっては、「自己」決定しないで保留したままでいられる権利でもあり得る。(pp. 187-188)


「アイデンティフィケーション」を、“自分”に最も適していると思われる方向へと誘導していくために、そのための「場」である「イマジナリーな領域」の保護が重要になるのである。」(p. 188)

*「アイデンティフィケーション」=「「アイデンティティー」が静止しているわけではなく、様々な種類の「共同体」や、それに属する「他者」たちとの遭遇を通して、常に変容していることを示す」(p. 188)


どこかで本人が決めねばならないが、いきなり「自分で決める」ように迫られるのでは、「自由」が認められているとは言えない。あらゆる既成のアイデンティフィケーションの文脈から“自由”に「自己」を選択できるのであれば、それに超したことはないが、それらの文脈が既に各自の身体に刻み込まれていることを無視して、無条件の「自己決定」を提唱すれば、かえって不自由な状況を作り出してしまう。「イマジナリーな領域」における「自由」な「自己」(再)想像の権利が保護されていない限り、政治や経済の領域における「自由な主体性」に基づく「自己決定」は、本当の意味では成り立ち得ない、というのがコーネルの議論の骨子である。(p. 190)


「決定」するに先立って、いちいち「自己」を再想像していれば時間はかかる。(中略)時間をかければ経済的効率が悪いので、前者の側から後者の側に対して、「早く自己決定するように」という圧力がかかることが多い。専門的な経験の豊富な前者が後者になり代わってその利益を代行する形で決定することを、一般的に「パターナリズム(paternalism:温情的干渉主義)」と言うが、(中略)後者に「責任」のほとんどを負わせてしまうことができる「自己責任」の方が、前者にとっては、パターナリズムよりも“便利”である。当人の置かれている状況を全般的に把握することが「責任」として要求されるパターナリズムよりも、(中略)「自己決定」論の方が、業務を加速することができる。効率性を重視する「新自由主義」の経済思想と、「自己決定」論とは親和性があるのである。(p. 196)


タグ:哲学
posted by R_Partner at 19:49| Comment(0) | ちくま新書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

愛敬浩二『改憲問題』ちくま新書

★ 高校生のうちに読んでおきたい本


改憲問題 (ちくま新書)







あなたの参考書 高く買います!!全国送料無料「学参プラザ」


本書が目指したのは、現代改憲問題におけるインフォームド・コンセントのための条件づくりだといってよい。最近の改憲派は、主権者である国民が「国家のあり方を最終的に決定する権利」を持つことをやたらと強調したがるが、そうだとしても、少なくともその決定は、必要な情報を十分に得たうえで行われることが望ましいはずだ。このことさえも否定する人は、国民主権を改憲の正当化理由に利用しているだけで、本気で国民主権を奉じているわけではないのだろう。(p. 10〜11)


余談だが、日本の改憲論の中にも、たとえば読売改憲試案のように、合憲・違憲の判断を迅速に行うために、憲法裁判所を設置すべきと提言するものがある。しかし、憲法や人権の価値をおろそかにする裁判官が、違憲・合憲の判断を積極的に行うことの危険性についても、十分に考慮しておくべきといえよう。(p. 34)


・「押しつけ憲法論」批判(p. 42〜)

・「プリコミットメント」論(p. 102〜)

・スティーブン・ホームズ「積極的立憲主義」(p. 104〜)

もちろん、特定の条項が50年の時代を経て現実と合わなくなった場合、その条項を改正することは当然ありえていい。この場合、特定の条項がどのような意味で「時代遅れ」になり、どのような現代的課題に対処するために、どのような内容の改正が必要か、という実質的な議論をすべきである。(p. 114)


私がプリコミットメント論を魅力的だと思うのは、憲法を人為的な技術・装置とみて、硬性憲法(=立憲主義)の「効用」を合理的に議論するスタンスをとっているからである。(p. 117)


(プリコミットメント論からすれば)「重要なのは、「パニックの瞬間」に憲法的自己拘束が機能するかという問題よりもむしろ、通常の政治過程における持続的で討議的な自己統治を確保することで、パニックが起きる蓋然性をどこまで最小化できるかという問題のほうである。また、憲法的自己拘束をしておけば、仮にパニックが起きた場合にも、それが「正真正銘の危機」なのかを、(少なくとも事後的には)合理的に反省することが可能となろう。(p. 118)


・「解釈改憲最悪論」(p. 122)

・「護憲的改憲論」(p. 124)

・長谷部恭男(p. 151)

私は、憲法9条(特に2項)は一切の軍事力の放棄を定めており、その結果、自衛隊は違憲の存在であると考えている。(p. 159)← 「絶対平和主義」


私も「武装国家」と「非武装国家」の二者択一しかないと考えるのは、偽の問題設定であると考える。特定の条件の下で、可能な限り、「武力によらない平和」を実現するにはどうすればよいのか。(p. 160)


posted by R_Partner at 12:33| Comment(0) | ちくま新書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月02日

岩田正美『現代の貧困−−ワーキングプア/ホームレス/生活保護』ちくま新書

現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 (ちくま新書)




格差や不平等は、さしあたり『ある状態』を示す言葉である。つまり、ある社会においてAチームにいる人とBチームにいる人とに分かれているとか、高所得の人と低所得の人がいる、というような『ある状態』を示す、記述的な言葉である。(中略)これに対して貧困は、『社会にとって容認できない』とか『あってはならない』という価値判断を含む言葉である。また、貧困が『発見』されることによって、その状態を改善すべきだとか、貧困な人を救済すべきだとか、Bチームの中に広がっている貧困を解決すべきだといった、社会にとっての責務(個人にとっては生きていく権利)が生じる。(pp. 28-29)


事実をそのまま示せば、格差のあるなしを示すことはできるが、貧困はそうはいかない。人々の生活状態について、どこから『あってはならない状態』だと判断するかは、それ自体一つの価値判断だからである。(p. 32)


彼(ピーター・タウンゼント;引用者註)は、人間の生活というものは、肉体の維持によるだけでなく、社会における生活様式や慣習によっても支えられていると考えた。(中略)人々は『その社会で慣習になっている、あるいは少なくとも広く奨励または是認されている種類の食事をとったり、社会的諸活動に参加したり、あるいは生活の必要条件や快適さを保つために必要な生活資源を」持たなければ暮らしていけない。(p. 41)


こうした観点から、タウンゼントは、貧困とはそれらの習慣や様式を保つために必要な生活資源を欠いている状態だと定義した。ここで生活資源というのは、暮らしていくための食料やその他の必要なもの、諸サービスを購入する収入や資産、社会保障給付などを意味している。(pp. 41-42)


そこでタウンゼントは、具体的な貧困の境界を測るモノサシとして、標準的な生活様式からの脱落、すなわち社会的排除(social deprivation)という概念を用いることにした。剥奪(deprivation)というのは、社会で標準になっているような生活習慣の下で暮らしていくことが奪われている、というような意味合いである。そこには食事の内容、衣類、耐久消費財の保有や友人たちとのつきあい、社会活動への参加など、さまざまな社会生活における剥奪が含まれる。(p. 42)


生活様式からの剥奪指標で判断するタウンゼントの貧困は、『相対的貧困』と呼ばれている。(p. 43)


社会的排除はさしあたり、『それが行なわれることが普通であるとか望ましいと考えられるような諸活動への参加から排除されている個人や集団、あるいは地域の状態』として定義されている。(p. 106)


お金がない、という意味での貧困が、貧困ラインの上や下(アップ・アンド・ダウン)として把握できるとすれば、社会的排除は通常の社会関係への組み込まれと排除(イン・アンド・アウト)として描かれうる。したがって、80年代以降のヨーロッパでは、貧困ラインの上下で捉えられる貧困と、社会への出入りで捉えられる社会的排除をセットにして使うことが多くなっている。(p. 108)


ホームレスとの関わり合いを避ける社会の態度は、ホームレスの人々の貧困がたんなる貧困でないことを暗示している。ホームレスは、食べるものや寝場所など生活資源が決定的に不足しているだけでなく、社会から、その関わり合いを拒まれているのである。(p. 120)


『本当の貧困』や、貧困者同士の公平論にこだわって、低い貧困ラインを採用すれば、社会が引き受けなければならない貧困問題の範囲は小さくなる。社会のメンバーへの配慮や社会総体としての統合や連帯に敏感であれば、より多くの貧困に向き合うことになろう。その意味で貧困を『再発見』することは、結局、『私たちの社会』がどうあるべきかを考えることにつながっていく。(p. 209)


● 本書に関連するサイト
「#229 貧困はなかったのではなく、見えてなかった〜現代の貧困の捉え方」(MAMMO.TV)




あなたの参考書 高く買います!!全国送料無料「学参プラザ」


posted by R_Partner at 14:22| Comment(0) | ちくま新書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする