2015年01月28日

竹内洋『教養主義の没落−−変わりゆくエリート学生文化』中公新書

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教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)

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・「多くのすぐれた書物を読むという夏休みの過ごし方が消えたのは大学生の世界から教養主義が消滅したことによるだろう。」(p. 10)

・「教養主義といわれた学生文化は文学・哲学・歴史関係の古典の読書だけでなく、総合雑誌の購読をつうじて存立していた面が大きい。/教養主義が学生規範文化になった大正時代や昭和戦前期は、『中央公論』『改造』『経済往来』(1935年から『日本評論』に誌名変更)などの総合雑誌の時代だった。」(p. 13)

・「昭和戦前期の(旧制)高校生や大学生の教養は、高校や大学の授業などの公式カリキュラムだけではなく、総合雑誌や単行本、つまりジャーナリズム市場をつうじて得られていた。」(p. 14)

・「ここで教養主義というのは哲学・歴史・文学など人文学の読書を中心とした人格の完成を目指す態度である。」(p. 40)

・「マルクス主義が知的青年を魅了したのは、明治以来、日本の知識人がドイツの学問を崇拝してきたことが背後にあった。しかしそれだけではない。マルクス主義は、ドイツの哲学とフランスの政治思想、イギリスの経済学を統合した社会科学だといわれた。合理主義と実証主義を止揚した最新科学とみなされた。したがって、マルクス主義は、教養主義にコミットメントした高校生に受容されやすかった。受容されやすかったというよりも、マルクス主義は教養主義の上級篇とみられさえしたのである。」(p. 50)

・「左傾学生はマルクス主義に「個性の発展」と「人間的成長」の路を見出したのだから、マルクス主義は倫理的ストイシズムであり、教養主義の核をなしている人格主義と連続していた。したがって教養主義の内面化の強いものほど左傾化しやすかったのである。」(p. 52)

・「1960年代半ばころから、大卒者の人生行路は、しだいにただのサラリーマンになりはじめていたのだが、まだ特権的な「学卒」という言葉もあった。大学生にとっての教養知識人の物語と大学生の実生活に距離が広がり始めていたが、亀裂にまではいかなかった。そして、このころの大学生の保護者の学歴は義務教育か、せいぜい中等教育程度である。ほとんどの大学生の親は高等教育を経験していない。大学に進学すればそれだけで大きな上昇感を抱くことになった。そうした上昇感がそれ(学歴上昇感)に見合った身分文化への接近を促す動悸づけになった。大学生の身分文化こそ教養主義だったのである」(pp. 203-204)

・「1970年代から日本の企業は大卒の大量採用をおこなった。(中略)大量採用だから、大卒だからといっても専門職種につくわけではない。将来の幹部要員でもない。ただのサラリーマン予備軍には専門知や教養知を必要としないのである。」(pp. 207-208)

・「技術知を旨とする経営学ブームのはじまりは、教養知が語学や外国事情に精通することによって専門知ともなりえた時代の終わりを示している。」(p. 215)

・「70年代から80年代にかけて日本の大学生文化から規範文化としての教養文化が大きく衰退したといえる。」(p. 226)

・「かくて、フランスの社会学者ブルドューのいう正統文化(教養)による象徴的暴力など、いまの大学キャンパスではとても考えられにくい。機能的にはいまやサラリーマン文化、あるいはエンターテイメント文化である大衆平均的文化こそ正統文化の位置にある。」(p. 236)

● 本書に関連するリンク
「教養主義の没落−−変わりゆくエリート学生文化」(雑記帳)

「教養主義の没落−−変わりゆくエリート学生文化」(Chase Your Dream!)

posted by R_Partner at 12:55| Comment(0) | 中公新書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする