2016年02月10日

プラトン『ソクラテスの弁明 クリトン』

★高校生のうちに読んでおきたい本

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)




もとより何かの不足があったために私は有罪となったのであるが、それは決して言葉の不足ではなくて、厚顔と無知と、諸君が最も聴くを喜ぶような言葉によって諸君を動かさんとする意図の不足である。すなわち私が泣いたりわめいたり、その他私が私に不似合であると主張するものでしかも諸君が他人からは聴き慣れている如き幾多のことを、したりいったりしなかったためである。しかし私は、弁明の際にも身に迫る危険の故にいやしくも賤民らしく振舞うべきではないと信じていたし、今でもそういう弁明の仕方をしたことを悔いない。むしろ私はかくこ如き弁明の後に死ぬことを、そんなにまでして生きることよりも、遥かに優れりとする。何となれば、法廷においても戦場におけると同様に、どんな真似をしてでも死を脱れんと図ることは、私も、また他の何人も、なすまじきことだからである。また実際戦場においてすら、武器を投出して追撃者に哀願しつつ縋りつけば、死を脱れるくらいは容易に出来る場合が多いことは明らかである。だからどんな危険に際しても、もし人がどんな事でもしたり言ったりするつもりでさえいるならば、死を脱れる方法はなお他にいくらでもあるのである。否、諸君、死を脱れることは困難ではない、むしろ悪を脱れることこと遥かに困難なのである。それは死よりも疾く駆けるのだから。」(p. 54)


タグ:思想・哲学
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2016年02月07日

プラトン『ソクラテスの弁明 クリトン』

★高校生のうちに読んでおきたい本

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)




「無知の知」


彼(政治家の一人)と対談中に私は、なるほどこの人は多くの人々には賢者と見え、なかんずく彼自身はそう思い込んでいるが、しかしその実彼はそうではないという印象を受けた。それから私は、彼は自ら賢者だと信じているけれどもその実そうではないということを、彼に説明しようと努めた。その結果私は彼ならびに同席者の多数から憎悪を受けることとなったのである。しかし私自身はそこを立ち去りながら独りこう考えた。とにかく俺の方があの男よりは賢明である、なぜといえば、私達は二人とも、善についても美についても何も知っていまいと思われるが、しかし、彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、これに反して私は、何も知りもしないが、知っているとも思っていないからである。されば私は、少なくとも自ら知らぬことを知っているとは思っていないかぎりにおいて、あの男よりも智慧の上で少しばかり優っているらしく思われる。(p.21)


しかしながら、諸君、真に賢明なのは独り神のみでありまた彼がこの神託においていわんとするところは、人知の価値は僅少(きんしょう)もしくは空無であるということに過ぎないように思われる。そうして神はこのソクラテスについて語りまた私の名を用いてはいるが、それは私を一例として引いたに過ぎぬように見える。それはあたかも、「人間達よ、汝らのうち最大の賢者は、例えばソクラテスの如く、自分の智慧は、実際何の価値もないものと悟った者である」とでもいったかのようなものである。(pp.23-24)


タグ:思想・哲学
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