2018年01月20日

又吉直樹『火花』

火花




火花 (文春文庫)





 「漫才はな、一人では出来ひんねん。二人以上じゃないと出来ひんねん。でもな、俺は二人だけでも出来ひんと思ってるねん。もし、世界に漫才師が自分だけやったら、こんなにも頑張ったかなと思う時あんねん。周りに凄い奴がいっぱいいたから、そいつ等がやったないこととか、そいつ等の続きとかを俺達は考えてこれらわけやろ? ほんなら、もう共同作業みたいなもんやん。同世代で売れるのは一握りかもしれへん。でも、周りと比較されて独自のものを生み出したり、淘汰されたりするわけやろ。この壮大な大会には勝ち負けがちゃんとある。だから面白いねん。でもな、淘汰された奴等の存在って、絶対に無駄じゃないねん。やらんかったらよかったって思う奴もいてるかもしれんけど、例えば優勝したコンビ以外はやらん方がよかったんかって言うたら絶対そんなことないやん。人組だけしかおらんかったら、絶対にそんな面白くなってないと思うで。だから、一回でも舞台に立った奴は絶対に必要やってん。ほんで、全ての芸人には、そいつ等を芸人でおらしてくれる人がいてんねん。家族かもしれへんし、恋人かもしれへん」
 僕にとっては相方も、神谷さんも、家族も、後輩もそうだった。真樹さんだってそうだ。かつて自分と関わった全ての人たちが僕を漫才師にしてくれたのだと思う。
 「絶対に全員必要やってん」
 神谷さんは小指でグラスの氷を掻き混ぜていた。(p. 134)




 「神谷さん、あのね、神谷さんはね、何も悪気ないと思います。ずっと一緒にいたから僕はそれを知ってます。神谷さんは、おっさんが巨乳やったら面白いくらいの感覚やったと思うんです。でもね、世の中にはね、性の問題とか社会の中でのジェンダーの問題で悩んでる人が沢山いてはるんです。そういう人が、その状態の神谷さん見たらどう思います?」
 僕は自分の口から出た、真っ当すぎる言葉に自分で驚いた。
 頬に垂れる涙を最早僕は拭わなかった。
 「不愉快な気持ちになる」
 神谷さんも目を真っ赤にして、肩を震わせている。
「そうですよね。神谷さんには一切そんなつもりがなくても、そういう問題を抱えている本人とか、家族とか、友人が存在していることを、僕らは知ってるでしょう。全員、神谷さんみたいな人ばっかりやったら、もしかしたら何の問題もないかもしれません。あるいは、神谷さんが純粋な気持ちで女性になりたいのであれば何の問題もないです。でも、そうじゃないでしょう。そういう人を馬鹿にする変な人がいるってことを僕等は、世間の人達は知ってるんですよ。神谷さんのことを知らない人は神谷さんを、そういう人と思うかもしれませんよ。神谷さんを知る方法が他にないんですから。判断基準の最初に、その行為が来るんやから、神谷さんに悪気がないのはわかってます。でも僕達は世間を完全に無視することはできないんです。世間を無視することは、人に優しくないことなんです。それは、ほとんど面白くないことと同義なんです」(pp. 141-142)


 
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