2016年12月01日

樫村愛子『ネオリベラリズムの精神分析』ニューエイジ

ネオリベラリズムの精神分析〜なぜ伝統や文化が求められるのか〜 (光文社新書)




 通常、宗教は、退行(抑圧が解かれ子どものような状態へ帰ること)によって共同性を調達し、頑張らなくてもそのままでいいと存在を肯定する。

 そして、退行状態は危険なので、教祖や教団という社会的枠組みがこれを管理し、これらの枠組みに自分を委ねる中で自己管理もなされる。そういう意味で、自分の理想は他者に委ねられている。

 しかし、ニューエイジにおいては強力な他者への帰依がなく、自分の中の無意識や自分の中の無限の力が信じられており、そういった無意識を通じて辛うじて他者とつながる。自分の中の他者性が「大いなる他者」とつながっている。そこでの他者とのつながりは観念的で脆弱である。


 ニューエイジは、「宗教の心理学化」によって生まれており「心理療法的宗教」とも呼ばれる。

 心理療法が宗教化するということは、心理療法の側から見れば、心理療法がやるような徹底的な主体の再帰化をどこかで止めてしまうということを意味する。宗教ではないカウンセリングなら、クライアントはどこかで自分の弱さや現実と向き合わなくてはならない。しかし宗教化した心理療法では、問題や力は「気」のような外側の力に委ねられてしまうので、どこかで都合のいい解釈に逃げることができる。


ニューエイジは、再帰性が高く、組織や拘束を嫌う現代の人々にぴったりの宗教である。それは心理療法の手法を取り入れて、自己の無意識において発見された他者、「大いなる他者」を通じて恒常性を維持している。それは宗教である限りにおいて、心理療法のもつ幻想破壊力を封じている。しかしこれまで宗教が制度として担ってきた、非日常性の隔離という機能は弱い。


posted by R_Partner at 16:05| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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