2016年11月16日

ポルノグラフィ(2)

争点・フェミニズム

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 ポルノグラフィに関してのフェミニストたちの意見の食い違いは、近い将来に解決されそうにはない。しかし、今や相違と同様に合意のある部分がどこなのかを見定めることは可能だし、議論の水準を解きほぐすことで、フェミニストが直面している政治的選択を明確にすることも可能である。

 まずは出発点として、現在ではたいていのフェミニストが、セクシュアリティは単に個人の嗜好の問題ではなく、より広い社会的問題と結びついていることに同意することを考えよう。また、もしポルノグラフィがどんなやり方であれ女性の抑圧に加担しているのであれば反対されるべきだ、ということにも同意できるであろう。このポルノグラフィへの反対は、たとえポルノグラフィが唯一の、そして主たる[女性]抑圧の原因でなかったとしても正当化される。フェミニストが積極的にポルノグラフィへの反対運動を行ないたいか否かは、ポルノグラフィの抑圧的な役割をどう評価するか、そうした役割への反証からどのように説得されるか、そしてポルノグラフィが女性に潜在的な害と同時に利得をもたらすと考えるか否か、にかかってくることだろう。


 ポルノグラフィは多かれ少なかれ女性の抑圧にかかわりがあると認める多くのフェミニストたちも、ではポルノグラフィをどのように否定していくかということについては意見が分かれることだろう。解決手段を法制化に求め、マッキノン=ドウォーキンのモデルに強く影響される人々もいる。だが彼女らの示すモデルは法律にではなく女性に力を与えることを意図していると主張されているにもかかわらず、多くのフェミニストは家父長的な法システムを信頼するには気がすすまないままでいることだろう。またそうしたフェミニストは、右翼の道徳的保守派と同盟関係に入ってしまうことに対しては深い疑念を抱いていると思われる。というのも道徳的保守派の人々は、法律を反フェミニズム的かつ抑圧的な目的に利用するかもしれないからだ。ポルノグラフィを検閲することへの懸念も、水ももらさぬポルノグラフィの法的定義をつくりだすという問題とずっと結びつけられていくだろう。そしてこのはっきりとしたポルノグラフィの法的定義は、返す刀で、従属的もしくは抑圧的なものは何から構成されるのかについてのフェミニスト間の不一致とも結びついていきそうだ。


posted by R_Partner at 14:21| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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