2016年11月16日

ポルノグラフィ(1)

争点・フェミニズム

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 フェミニストはすべて、ポルノグラフィを検閲するのには賛成である、とフェミニスト以外の人々から勝手に考えられていることが多いようだが、実のところ、このポルノグラフィという問題に関しては、フェミニストというのはおそらくどんな人たちよりも、立場が強烈に、かつ根深いところで分裂してしまっている人々なのである。フェミニストたちの分裂は、ポルノグラフィと闘うさまざまな方法を支持する人々の間で戦略的に意見を統一しないことにはじまり、ポルノグラフィが女性の劣位の原因なのか、それともその具現であるのかという議論を経て、ポルノグラフィをすべての女性抑圧の根源と見る人々と、性的自由の一形態としてポルノグラフィを称賛する人々との間の明らかすぎる対立に至るまで、ありとあらゆるレベルで起こっている。こうしたフェミニズム内での分裂から、ポルノグラフィ賛成派と反対派、および検閲賛成派と賛成派という政治的立場の表明がなされるようになった。これらのことは、フェミニズムの目標を推し進めるのに法律は何ができるか、とか、自由と抑圧の意味、人間のセクシュアリティの性質、表現物と現実の状態との関係などについて、フェミニストたちの間にある根深い理論的不一致を反映する。フェミニストたちはまた、ポルノグラフィそのものの定義をめぐってもしょっちゅう争っているのである。


 1960年代を通じて、露骨な性表現物がますます多く出版されるようになった。そしてこのことは、自由放任と性的自由という新しい時代のあらわれの一つだとして、多くの人々による熱狂的に受け入れられていった。この問題についての公共の議論は、露骨な性表現は表現の自由の一形態であり、性の解放の源である、として擁護する人々と、反キリスト教的、家庭破壊的、不道徳である、として激しく非難する人々との間の議論が中心であった。この文脈の中では、ポルノグラフィを嫌悪したり恐れている女性たちがその気持ちを分節化しようとすれば、婚姻外のセックスに反対している英国のロングフォード卿やメアリ・ホワイトストーン、もしくは米国のモラル・マジョリティといった人々と同盟を組まなければ言葉を発することはできなかった。しかしこの時以来、フェミニズムによる分析は議論を変化させてゆき、ポルノグラフィが不道徳か否かではなく、女性に有害であるかどうかに焦点がますます絞られるようになっていく。
 
 性的なものを示唆するような、もしくは露骨に性を表現している商品(中略)の中で、たとえば女性向け高級雑誌や、とりわけ10代の少女向け雑誌におけるアドバイスや情報のページは、明らかに女性が自分のセクシュアリティをコントロールできるように性を描き出している。そして、女性がパートナーのニーズと同様に自分のニーズをも探っていくよう勇気づけている。しかし多くは、女性を受け身でいつでも利用できるような、かつ服従的なものとして扱い、強姦や他の暴力的な形態の性的虐待の描写を含んでいたりするものが中心的である。そして、それらは、娯楽を装って提示されるのである。(中略)英国で反ポルノグラフィの立場をとるキャサリン・イツィンは、1980年代中盤までに、米国のポルノ産業が年間80億ドルを売り上げ(これは音楽と映画産業を合わせたより多い)、200万部以上の「最上段の棚のみ」の雑誌が毎月英国で販売されていることを示す証拠を著作に引用している(Itzin, 1992)。


 米国では、憲法修正第1条により、言論の自由が保障されている。しかし法廷は自由な言論に猥褻物は含まれないとする判決を下しており、1980年代には、守旧的な家族主義やキリスト教の集団に影響されて、法律がほぼ厳格に適用されるようになった。また同時期にラディカル・フェミニズムによるポルノグラフィ分析の発展があり、ことにアンドレア・ドウォーキンとキャサリン_マッキノンの行なった分析は、ミネアポリス市とインディアナポリス市でそれぞれ1983年と1984年に「マッキノン=ドウォーキン条例案」の議会通過という結果をもたらした。この条例案は、広布のあかつきには、ポルノグラフィのために被害を蒙ったと思う女性ならだれでも、そのポルノグラフィの制作者、出版者、販売者に対して何らかの差し止めをおこなうことができるようにするというものだった。ミネアポリス市の方では市長の拒否権に遭い、インディアナポリス市の方は連邦裁判所で違憲とする裁決が下されたが、これら二つの条例案は、さまざまな地域のフェミニストたちから広くモデルと見なされつづけている。この条例案に基づいた法律が米国の多くの州で検討されている。もっとうまくいった例をあげるなら、カナダでは、この条例を支持するために用いられた議論が猥褻法の再解釈に役立ったということがある。

 英国では、露骨な性表現物の出版を規制する猥褻法は機能しておらず、強制力のないものである、と考えるのが一般的であるようだ。よりあけっぴろげで、あからさまな性行為の描写を求める風潮が続いているにもかかわらず、1980年代には、規制法がすこしずつ締めつけを強めたり、関税・間接税省と警察がいっそうの取締りを行なったりした。だがこれらの締めつけの標的は、ほとんどがレズビアンとゲイの出版物やその販売店であった。また、フェミニズムに影響を受けて法律でポルノグラフィを規制しようとする試みも数多く存在した。その中で最も有名なのが、1986年に労働党のクレア・ショートによって提出された「3ページ」法案である。この法案は、「裸体の、もしくは部分的に裸体の女性が、新聞の風俗記事のページに掲載される」ことを禁じ、違反した出版社に罰金を課そうとするものであった(こうした女性のヌード写真は、『サン』紙(英国のタブロイド版大衆紙)の3ページ目に毎日掲載されていた)。1988年、「反ポルノグラフィキャンペーン」(CAP)が公式に下院内に発足した。フェミニストの中でも、ドウォーキン=マッキノン条例案に影響された人々は、「ポルノグラフィと検閲に反対するキャンペーン」(CPC)を結成し、ポルノグラフィの悪影響から女性を保護するために法律を用いることは検閲にはあたらない、と主張している(Itzin, 1992)。

 これらの活動にもかかわらず、多くのフェミニストたちは、大西洋の西(米国)でも東(英国)でも、法制度による統制が増すことには強く反対しており、反ポルノグラフィ運動をおこなうフェミニストたちと右翼組織の間に結ばれたように見える政治的な協調には深い不信感を抱いている。こうしたわけで、フェミニストの中には、米国で「フェミニスト反検閲対策本部」(FACT)、米国で「検閲に反対するフェミニスト」(FAC)といった組織を通じて、法制度による統制に反対するキャンペーンをおこなっている人々もいる。


ラベル:フェミニズム
posted by R_Partner at 12:42| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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