2015年07月23日

吉原令子『アメリカの第二派フェミニズム−−1960年代から現在まで』

吉原令子『アメリカの第二派フェミニズム−−1960年代から現在まで』

第9章 同性婚法制化とフェミニズム

・「1990年にハワイ州で同性愛カップルが結婚許可書の発行を求めて起こした裁判を皮切りに、その後、各州で同性婚をめぐる裁判が続いた。同性婚に至らずとも、結婚とほぼ同等の権利・義務が付与されるシビル・ユニオン法がバーモント州、コネチカット州、ニュージャージー州、結婚に含まれる権利・義務の一部が付与されるドメスティック・パートナーシップ法がハワイ州、カリフォルニア州、ワシントンDCで1990年代後半から2000年にかけて次々に制定された。2004年、マサチューセッツ州はアメリカ国内で唯一同性婚が認められた州になった。同年、サンフランシスコ市でも同性婚を認める法案が可決されたが、カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)が法案への署名を拒否し法案は無効とされた。しかし、2008年になり、カリフォルニア州最高裁判所は州における同性婚の合法性を認める判決を下している。また、2012年、オバマ大統領は同性婚への賛成を表明した。2013年6月現在、ワシントンDC他、12州で同性婚が認められている。」(pp. 179-180)

・「なぜアメリカで同性婚を認めていこうとする動きが市民を巻き込む形で1990年代に活発になり、2000年に入ってから同性婚やそれと同等の権利・義務を付与する法案が可決されていったのかという問いに対してあまり明確な分析が行われていないように思われる。(中略)本章では、1990年代に同性婚の法制化運動が活発化した理由を考察すると同時に、同性婚に対するフェミニストの異なった立場についても明らかにしたい。(中略)同性婚の法制化はフェミニストたちにとって、単なる性的マイノリティの権利の獲得という問題ではない。結婚という制度をどのように考えるかという問題でもあるのだ。」(pp. 180-182)

・「1980年代になると、生殖テクノロジーの発展でレズビアン・コミュニティにベビー・ブームが巻き起こる。異性愛者用の精子銀行だけではなく、レズビアン専用の精子銀行が設立されたり、子どもを産み育てたいと願うレズビアンたちが自助グループを結成したり、親となったレズビアンたちを支援するグループができた。サンフランシスコだけでも、1968年に、提供された精子でレズビアン・カップルの間に500人の子どもが誕生したことがわかっている。1980年代のレズビアンのベビー・ブームは、レズビアンたちが自らレズビアンであることをオープンにし、母親であることを公言する最初の世代であり、異性愛結婚を経て親となったレズビアンとは異なった、新しい時代に到来を意味していた。

 一方、レズビアンのベビー・ブームの到来は複雑な法律問題を生じさせることにもなった。アメリカのゲイ社会と文化に関する歴史的研究を専門とするジョージ・チョーンシーはレズビアン・カップルの間に生まれた子どもの親権問題について以下のように述べている。(中略)

 また、レズビアン・カップルが別れる場合にも、親権は生物学上の母にあり、別れたパートナー(第二の母)は親権を有することができないという問題も浮上した。本来、異性愛カップルであれば当然認められる親権や訪問権、扶養義務が、レズビアンの第二の母にはない。レズビアンのベビー・ブームによってもたらされた法的問題は、レズビアンたちが結婚制度に付随する権利や保護の必要性を認識するきっかけになった。」(p. 185)

・「リベラル・フェミニズムの代表格、NOWは1995年に同性婚を公的に支持する声明文「同性婚はフェミニズムの課題である(Same-Sex Marriage is a Feminist Issue)」を発表した。彼女たちは、シビル・ユニオン法を代用することは同性愛カップルを二級市民−−つまり、差別的で不平等な地位−−に押しやっていることにしかならないと述べ、同性愛カップルも異性愛カップルと同等の婚姻権があると主張した。そして、同性婚の法制化運動はマイノリティの法的権利要求であることをその声明文は強調する。

 平等な婚姻権に絞って議論すれば、右派がどれだけ馬鹿げたことを言っているかを強調しなければならない。何度も言うが、同性愛カップルが結婚できるようになるということが結婚制度を汚すことにはならない。多くの人が「結婚制度」という言葉を耳にすると、教会で承認された結婚を想像する。しかし、同性婚の権利要求は法的な権利のことなのだ。教会で同性愛者が結婚式をすることを要求しているのではない。

 この声明文で貫かれているのは、「平等な婚姻権」と「法的な権利」を求める法制改革の必要性である。ここに、リベラル・フェミニズムの源流−−人権思想、公的領域における平等、法制改革−−がある。かつて、NOWは1960年代、雇用、教育、政治などの公的領域における女性の地位向上を目指し、行政に圧力をかけ、法制改革を進めることをその活動方針としたように、1990年代の同性婚をめぐる問題に対しても、公的領域における平等な結婚を目指し、法制改革を進めようとした。結婚制度それ自体は不問に付したまま、異性愛と同性愛の性差を極小化しようとした。」(pp. 190-191)

・「クィア理論家は、同性婚を性的マイノリティの運動の最重要課題としてしまう戦略は、結婚をしたくない同性愛者、また、同性愛以外のセクシュアリティをもつ人々−−クィアの存在−−を無視してしまっていると批判する。その批判は大きくふたつに分けられる。ひとつは、結婚のメリットや家族の価値を強調する同性愛のありようは個々のセクシュアリティの個別化と自由を無視し異性愛への同化を意味している、もうひとつは、クィアが直面する差し迫った問題を無視しているという点にある。

 異性愛結婚と同等の権利を要求する同性婚の法制化運動は、結婚のメリットや家族の価値を強調する。しかし、同性婚推進派の人々は、同性婚の法制化を運動の第一義的目標に据え、異性愛社会への同化や標準化が孕む問題を無視、あるいは、是認してしまった。たとえば、同性婚推進派のグループであるラムダ法的弁護と教育基金(Lambda Legal Defense and Education Fund)は、2002年、「平等へのロードマップ−−結婚教育ガイドへの自由(Roadmap to Equality: A Freedom to Marry Educational Guide)」を発表し、家族の価値が同性愛者と「ノーマルな」人々とで同じであることを強調する。そして、結婚しているカップルと結婚していないカップルを比較して、同性婚の必要性を以下のように訴える。

 法的にも社会的にも、結婚をしているカップルは結婚をしていないカップルに比べて自尊心が高い。なぜなら、彼ら/彼女らは真剣で、公的で、かつ、法的な強制がある状況の中で責任を負っているからだ。同じ責任を果たそうと願う同性愛カップルのために、同じ選択肢が必要なのだ。同性愛者たちが非同性愛者たちと十分に平等になるためには結婚以外に他の方法はないのだ。

 このような考えは、同性愛者のヘテロノーマティヴィティへの同化という危険性を孕んでいる。同性婚を望むLGBTと同性婚を望まないLGBTを区別し、結婚を望むLGBTを標準(normal)、結婚を望まないLGBTを非標準(abnormal)とみなし、結婚を望まないLGBTを周縁化してしまう。クィア理論家リサ・ダガン(Lisa Duggan)は、「平等へのロードマップ」は保守派の道徳主義者たちの考えと大して違いがなく、同性婚の法制化運動は結婚を望まないLGBTを周縁化し、結局のところ、民主主義的な多様性を無視することになると批判する。(中略)

 クィア理論家のマイケル・ウォーナー(Michael Warner)もまた、自らの著書『ノーマルの攪乱(The Troubke with Normal)』(2004)の中で、同性婚をゲイの政治運動の中心的目標に据えることは、クィア文化の中で築かれてきた革新的な親密的の様式(多数のゲイが性的関係も含めてつながるような非モノガミー的交際関係や、レズビアン・カップルが行動で子を育てるといった新しい家族・結婚・親子関係の試みなど)を貶める行為だと批判する。ウォーナーをはじめとする多くのクィア理論家たちは、同性婚の法制化運動がセクシュアリティの多様性を無視してしまうだけではなく、ヘテロノーマティヴィティをも強化してしまうのではないかと危惧しているのだ。

 また、同性婚推進の上・中流階級のゲイ/レズビアンたちは労働者階級や貧困層のクィアの存在やそのクィアが抱える問題を無視しているという批判もある。トランスジェンダー(FTM: Female to Male)の弁護士ディーン・スペード(Dean Spade)は、同性婚推進論者たちはクィアたちの差し迫った問題を真剣に取り上げず、同性婚の法制化運動の勝利にだけ目を奪われていることを以下のように批判する。

 われわれの運動はシンボリックな勝利ばかり得たがるくせに、目の前の問題に向き合おうとしない。(同性間の性行為を禁止する)ソドミー法に違憲判決が下ったことをさかんに祝っているが、一体全国で何人の人がソドミー違反で刑務所に入れられているというのだ(違憲判決の前でもソドミー法は事実上死文化しており、現実にはほとんど執行されていなかった)。それに比べて、貧困が原因で投獄されたクィアたちの方がどれだけ多いだろうか。

 同性婚を運動の中心課題に据えることは、低所得者層のクィアの生存権に関わる問題を無視し、社会的格差や不均衡を放置することにつながる。そうした社会的格差を無視したまま、一部の上・中流階級の同性愛カップルだけが上・中流階級の異性愛者たちと同じ特権を勝ち取ろうとしていることにクィア理論家たちは批判的なのだ。

 だからと言って、クィア理論家たちは同性婚の法制化に反対しているわけではない。(中略)ジュディス・バトラー(Judith Butler)は同性婚の法制化を支持する。しかし、「国家の規制に反対し、権利を拡大するとともに、国家からの自由もまた追求すべきだ」と述べ、自らの結婚には否定的だ。クィア理論の同性婚に対する批判は、ソドミー法や同性婚禁止といったホモフォビアを基盤とした差別に反対しながら、セクシュアリティの個別化と自由をいかに保持していくのかという点にあるのかもしれない。」(pp. 195-198)






使い終わった予備校のテキストが高く売れるらしい!?




デキるヒトの高価買取 バリューブックス


posted by R_Partner at 14:44| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

ジェンダー

田中東子『メディア文化とジェンダーの政治学−−第三波フェミニズムの視点から』

メディア文化とジェンダーの政治学―第三波フェミニズムの視点から




・「バトラーによると、「ジェンダー」という概念は、発話行為や身体行為を介した社会的実践の反復的なパドーマンスを通じて、さまざまな権力関係や文化的配置のなかで構築されつづける身体の「状態」である。このような概念を導入することの利点は、次の二点である。

 第一に、「ジェンダー」は、二元論の手垢にまみれた「セックス(性)」という言葉の新奇な代用品ではなく、ある行為の「主体/言語/表象」のあいだにあるとされている一貫性や意味づけを分裂させ、別の意味づけへと開示させていくための議論を可能にする(スコット 1992; バトラー 1999; ハラウェイ 2000; ヘックマン 1995; 竹村 2002など)。たとえば、スーザン・J・ヘックマン、ダナ・ハラウェイといったポストモダンの諸理論を応用している新世代フェミニストたちは、その著作で、本質主義的で基盤主義的な「女性」という性カテゴリーを議論の根底に据える従来のフェミニズムの立場を批判的に検討し、共有カテゴリーを前提としない地点から、セックス/ジェンダー/セクシュアリティの問題を論じる思考方法を提起している。(中略)

 第二に、反復される構築の現場としての「ジェンダー」をとらえる「構築主義アプローチ」を用いることで、セックスやセクシュアリティに関する問題について考えるだけではなく、「人種」や「エスニシティ」といったカテゴリー、つまり身体と表象のポリティクスに関わるような問題について考えられるようになる(小笠原 2002)。(pp. 165-166)






使い終わった予備校のテキストが高く売れるらしい!?




デキるヒトの高価買取 バリューブックス


posted by R_Partner at 13:34| Comment(0) | 用語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉原令子『アメリカの第二派フェミニズム−−1960年代から現在まで』目次

吉原令子『アメリカの第二派フェミニズム−−1960年代から現在まで』

はじめに 1
第1章 1960年代のアメリカ女性解放運動の幕開け 13
 女性の社会参加を後押しした「アクシデント」
 利害が錯綜しあう三者のネゴシエーション
 「女」とは誰か
 「女」の創造と解体を行き来して

第3章 第二波フェミニズムの軌跡 35
 リベラル・フェミニズムと公民権運動
 ラディカル・フェミニズムとブラック・パワー運動
 レズビアン分離主義
 第二派フェミニズムの功績

第3章 ブラック・フェミニズムの運動と理論 59
 黒人解放運動の中の性差別
 女性解放運動の中の人種差別
 黒人女性のためのフェミニスト・グループ
 ブラック・フェミニズムの思想 
 ブラック・フェミニズムと黒人女性文学
 ブラック・フェミニズムから他の有色人種の女性たちのフェミニズムへ

第4章 有色人種のフェミニストによるアイデンティティズ論 81
 ひとつではないアイデンティティ
 グロリア・アンサルドゥーア
 ジャニス・ミリキタニ
 トリン・T・ミンハ
 新しい連帯の輪を求めて

第5章 フェミニストがつくるハイブリッドな空間 101
 空間的メタファーが意味するもの
 位置の政治学−−アドリエンヌ・リッチとともに
 周縁という空間−−ベル・フックスとともに
 ハイブリッドな空間としての「ボーダーランズ」−−グロリア・アンサルドゥーアとともに
 「女」という同一性を解体する空間

第6章 フェミニズムの中のポルノグラフィ論争 119
 ポルノグラフィと女性解放運動
 ポルノグラフィをめぐるフェミニストたちの論争
 反ポルノグラフィ・フェミニズムの限界
 セックスワーカーの女性たちが問うもの
 イデオロギーから脱却して

第7章 老いの扉を開いたフェミニズム 137
 「老い」と権利闘争
 フェミニズム運動内のエイジズム
 第二派フェミニストと若さの呪縛
 第二派フェミニストが語る「老い」の問題点

第8章 アメリカのフェミニズムの「帝国」性 153
 「帝国」のフェミニズム
 FGM廃絶運動に見られる「帝国」性
 フェミニスト・マジョリティの活動
 「帝国」のフェミニズムを支えているもの
 沈黙をまとう女たち

第9章 同性婚法制化とフェミニズム 179
 1990年代に同性婚運動活発化の要因
 エイズの流行と残されたパートナー
 レズビアンの保守化とベビー・ブーム
 右派「モラル・マジョリティ」の攻撃
 リベラル・フェミニストとゲイ/レズビアン活動家の共闘
 フェミニズム内の対立
 クィア理論家からの批判
 理論と実践の狭間で

第10章 第三波フェミニズムの誕生 205
 ポストフェミニズムの時代
 第三波フェミズムの誕生 
 第三波フェミニズムに対する批判
 フェミニズムは終わらない

参考文献 227
索引 253






使い終わった予備校のテキストが高く売れるらしい!?




デキるヒトの高価買取 バリューブックス



posted by R_Partner at 13:21| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする